飛鳥・藤原が世界遺産に 『20年越しの悲願』の裏で考えたいこと

覆面@まるつーとは:全国のニュースをどこからともなく見つけてくる、正体不明の覆面コラムニスト。まるつーとの関係については「コメントを控える」としている。

何が起きた?

2026年7月26日(日)、韓国・釜山で開かれていたユネスコ(国連の教育・科学・文化の機関)の世界遺産委員会が、奈良県の『飛鳥・藤原の宮都』を世界文化遺産に登録すると決めました。

対象は奈良県の明日香村・橿原市・桜井市にある19の遺跡です。飛鳥時代のもので、古代の日本が天皇を中心にひとつの国のかたちを整えていく過程を今に伝えるという理由です。

日本初の本格的な都だった藤原京の跡や、鮮やかな壁画で知られる高松塚古墳も含まれます。これで日本国内の世界遺産は27件になりました。

なぜ話題?

地元が国に「候補にしてください」と手を挙げたのが2006年。翌2007年にユネスコの候補リスト(暫定リスト)に載りました。そこから約20年。報道各社は『20年越しの悲願』と伝えています。

登録が決まった瞬間、地元の会場は歓声に包まれたそうです。読売テレビによると橿原文化会館には約350人、奈良新聞によると明日香村の会場には約190人が集まったとのこと。数字は媒体で違うので、そのまま出典つきで置いておきます。

つまり簡単に言うと、奈良の古代遺跡群『飛鳥・藤原』が世界文化遺産に決定。地元が20年待った悲願がかないました。

覆面が気になったところ

おめでたい話なので、まずは素直に「よかったですね」と言っておきます。

そのうえで小生が引っかかったのは、この「20年越し」という言葉です。起点を2006年の提案にとるか、2007年の候補入りにとるかで年数は少し変わります。評価をこめた言い回しなので、数字の重みだけひとり歩きしないといいなと。

もうひとつ。世界遺産に決まると、うれしさとほぼセットで来訪者がぐっと増えます。人が来るのは経済にはありがたい。でも生活道路の渋滞やゴミ、静かな集落の暮らしへの影響──いわゆる観光公害の心配もついてきます。

これは今の時点ではあくまで「これから起きるかもしれない懸念」です。被害が出たと決まった話ではありません。ただ、看板が立った瞬間から地元は喜びと備えを同時に抱えることになります。

反対側から見ると

登録を進めた奈良県や関係する市村、政府にとっては大きな成果です。知名度が上がり、観光にも追い風になります。

一方で、静かな環境を守りたい住民や、対応に追われる自治体には負担も生じます。同じ委員会では『佐渡島の金山』をめぐる係争性のある論点も別にありましたが、これは飛鳥・藤原とは別の話なので、混ぜずに切り分けておきます。

覆面のひとこと

世界遺産は「守ってね」という約束つきの称号です。看板が届いた日はゴールに見えて、じつは管理という長い宿題の初日でもあります。喜ぶ地元の顔を見ながら、小生はつい「明日からの掃除当番、決まってますか」と余計な心配をしてしまうのです。うれしいときこそ静かに次の準備を。

讃岐の中讃にも、田んぼの向こうに古墳や条里の名残がふつうに残っています。世界遺産の看板はなくても、暮らしのそばで守られてきた景色の値打ちは、飛鳥・藤原とそう遠くないはずです。

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